会えない人の存在を感じられない

この10年間以上思ってきたことの一つに、互いのどちらかが会う気をなくした相手の存在を感じられないというものがある。物理的な距離は全く問題にならない。自分の世界というものは、自分の身の回りの人たちでできているが、会う気のない人たちは、その世界の中には決していないような気がするのだ。TwitterなどのSNSでは、名前も知らぬ人間たちがフォロー、フォロワー関係になり、気軽なコミュニケーションをとる。その中でも、会う気があるという人間以外は、まったくどうでもよく、存在しないとみなしているのだ。

どうして、そう極端なのだろう。おそらく、テキストを送受信するだけの人間関係に、何の発展や期待も持てないのかもしれない。人間に会うというのは、テキストの送受信と異なり、限られた時間と労力をつかわないといけない肉体的な行動だ。その覚悟や消耗を伴った覚悟ある人間関係しか認めていない、ということなのかもしれない。

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